人生に意味はないという結論

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割と前から「人生に意味はない」という結論に辿り着いています。

生きているものは、やがて死にゆく運命。

どう足掻いても、自分という主観を捨て切れないなら、自分の中にある「正しい」「意義がある」というものは、他人から見れば、実はどうでもいいことだったり、社会的には無意味だったりする。

だから、こんな「人生は死ぬまでの暇つぶし、ひまつー」というブログをかいている。

だから、死ぬまでの暇潰しをいかに楽しく暮らすかが、幸せになる近道だ

けれど、たまに人生に何か意味を求めようとしている時がある。

意味というのは、お金を稼ぐとか、勉強するとか、自分という存在意義とか、人の役に立っているとか、人から見て「かっこいいか」が、気になる時がある。

そういう時は、そういう風に生きてみたい時期なのだと思って、否定しない。

どんな失敗も「ま、人生に特別な意味なんてないよね」と思うことで、自分の中の肩の荷をおろしてあげることができる。

昔、女性向けにビジネスをしていたことがあって、色んな起業セミナーで「あなたの仕事はどんな風に役に立つか、どのように求められるか」など、考える時間があった。

ある人にとっては、役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。

私がいなくても、他のサービスを見つけていたと思う。

自分の人生をすごいものだと思い過ぎない。

確かに、縁あって自分という人間がここに生きている不思議はある。

平和な時代の日本に生まれ、十分な教育を受け、必要最低限の生活は保障され、インターネットが使え、一生かかっても消費しきれない娯楽がそこにある。

自分の力じゃない。

ただ、自分という生命がそこにある。

それに、どれほどの意味を考えて、与えたところで、自分は自分。

地球の命の流れのなかで、たまたま生まれて、たまたま、今こうしてあるだけなのだ。

そう思うと、全てのことがありがたく、自分がすごいなんて、偉そうにすることが恥ずかしくなる。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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