「反発する心は、自分の中でそれがよくないということをわかっているから」
だと言う。
「いやいや、Aさん、それはおかしいでしょう!」とムキになるほど、自分の意見の正当性を捲し立てたくなる時ほど、自分に自信がない。
それは、Aさんの言っていることにも、一理あるということを、頭のどこかで気がついているから。
私も結構、自分の価値観に基づいて行動しているつもりだけど、建前とか社会的な規範とか、「こういうのがいいよね」という価値観も一方ではわかっている。
なので、自分の行動に開き直れなくて、もやもやすることもある。
ものが少ない暮らしがいいと言っている一方で、ものがあっても楽しく暮らしている人がいることを知っている。
別にどっちでもいいじゃんって思うけど、自分は「シンプルライフ」派だから、自分の行の正当性を言いたくなる。
いや、どっちでもいいんだけどさ。
余計な罪悪感。
自分の行いは間違っていないと声高に言うほど、反対意見にも同意している自分がいる。
ある人はそれを、罪悪感と言う。
罪悪感というのは、人間が社会的に協力して地球上で繁栄していくために必要なスキルだ。
お互いに秩序を持って行動しなければ、これだけ大きな社会を社会規範から外れたら「罪悪感」を持つようにプログラミングされている。
まぁ、仕方がないんだよなぁと、この心のもやもやとは付き合っていくしかないみたい。
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