日本の相対的貧困に対するバッシングに思ったこと

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最近、YouTubeのおすすめで出てきた、フリーランス国際協力師、原貫太さんの動画にハマってます。

知らないことを知るという、知識欲を満たす。

これって、私にはゲームや漫画よりも面白いんですよね。

特に、「みんなはこう思ってるけど、本当は違うよね」的な知識は好き。

本当はエコじゃない、電気自動車とか。

 

昨日、見た「日本の貧困はアフリカよりマシ」が根本的に間違っている理由 という動画。

【誤解するな】「日本の貧困はアフリカよりマシ」が根本的に間違っている理由

貧困には2種類あって、絶対的貧困と相対的貧困。

絶対的貧困とは、私たちが想像する、ライフラインもなく1日1ドル以下で生活するような貧困。必要最低限の教育も受けられず、泥水を飲まなければいけない貧困です。

一方、相対的貧困とは、周りと比べたもの。年収800万と200万。どちらも上記の絶対的貧困よりは、恵まれた生活ができるけれど、比較すると200万円のほうが、できることが少ない。

旅行へ行ったり、子どもを進学塾へ進ませたり、子どもを地方から都心の大学へ進学させたり、奨学金と言う名前の教育ローンを借りずに進学できたり、庭付き一戸建てを購入できたり、2年ごとにスマホを最新機種に変更したり。

そういったことが、「できる」人と「できない」人が生まれてくる。

それが、日本の相対的貧困。

動画の中で取り上げられていたのが、ある貧困問題特集番組で取材されていた高校生の部屋に趣味のものが置いてあって、「そんなものを買えるなら貧困ではない」と、ネットで炎上したという問題。

他にも、スマホを持っている人を「スマホを持てるなら、貧困ではない」といって、バッシングするということがあるらしい。

スマホを諦めても、趣味に使うちょっとのお金を諦めても、進学するためのお金ができるだろうか。

そもそも、貧乏なら、とにかく生活を切り詰めろとか、アフリカの貧困の人よりはマシだなんて、困っている当事者に対し、他者が言えるのだろうか。

持てる者が自分よりも持たざる者に対して「我慢しろ」「あるだけマシだ」と言うのは、いかがなものか。

だって、同じ社会に住んでたら、みんなと同じように、スマホも欲しいし、趣味の物だって欲しい、毎日もやしじゃ体に悪いし、たまには牛丼を食べて贅沢したい。

そういうのも我慢して、節約しなければいけないのか。

持ってない人が「なくても生きていけるさ!」と前向きになるのはいいと思う。

でも、持っている人が持っていない人に対して「なくても我慢しろ」と言うのは、違う。

世の中のモヤっとすることに気づかせてくれた動画でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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