片付けられない家族、できないことを責めない

ライフハック

「もっと、こうすればいいのに!」

「なんで、こういうふうにできないの!」

そうやって、他人に怒ることは何度もあります。

特に子育てしていたら、毎日のようにそれがある。

「鉛筆とかはここ、塗り絵や絵はこっちに片付けようねって、何度言ったらわかるんだーーーーーーー?!」

そう、何度思ったことか。

整理しても、翌日にはぐちゃぐちゃ。

赤の他人ならば、「そういう考え方しかできない人もいるんだね」「そういう性格なんだから、関わるのやめよう」と思えるけれど、こと身内や仲のいい人だと、難しい。

一緒に生きているから、改善してほしいと思うし、いつか改善できると信じてしまう。

あくまでも、自分にとっての「善」だけれど。

 

なぜ、自分と同じように、片付けができないのだろう?

なぜ、自分と同じように、時間までに準備をしたり、後片付けができないのだろう?

なぜ、自分と同じように、ご飯を集中して食べることができないのだろう?

 

近年、「努力をする」というのも才能の一つだという考え方を目にするようになった。

努力すれば報われるというのは、幻想。

そもそも、努力を継続できること自体が、生まれ持った才能であるということ。

つまり、そもそも努力を継続できる才能がなければ、努力と継続の才能を持っている天才には勝てないことになる。

岡田斗司夫さんの「サンデル教授の挑戦状!『実力も運のうち~能力主義は正義か?』を語る SDGsを掲げる人類が解決するべき真の課題 岡田斗司夫ゼミ」は、すごく面白かった。

サンデル教授の挑戦状!『実力も運のうち~能力主義は正義か?』を語る SDGsを掲げる人類が解決するべき真の課題 岡田斗司夫ゼミ#404(2021.7.25)/ OTAKING Seminar #404

 

人間の性格は半分は遺伝で半分は環境だと言われている。

遺伝は、自分ではどうにもできないし、環境だって、そう簡単になんとかできるものでもない。

どんな国で、どんな場所で暮らすか、周りにどんな友だちがいるか、どんな家族や親戚がいるか、どういう文化に触れるか。

自分でどうにかできることなんて、少しもない。

シンプルライフスタイルも、物が少ない方がいいという価値観も、そういうことを継続できる人とできない人は、結局、各自の遺伝と環境の違いなのだということも言える。

言い方、伝え方が悪いのではない。

相手が、継続力や努力をする遺伝子を持ち合わせていなかっただけのこと。

娘も半分は私の遺伝子だが、残り半分は夫の遺伝子だ。

彼女の場合、夫側の遺伝の方が強く発現されている。

つまり、私と同じようにできると期待しても、できない可能性の方が高い。

ママ友の話を聞いていても分かる。

親子でも、兄弟でも、全く違う。

同い年の子どもでも、鉛筆1本1本まで揃えて、部屋をきれいに片付ける子もいれば、片付けBOXにとりあえず入れるだけで、いつも何かを探し回っている汚い部屋の子がいる。

その違いは、親の教育とか、そういうのじゃなくて、結局は遺伝なのだ。

「片付いた子ども部屋つくり」みたいな雑誌や本の真似をしたって、できる子どもとできない子どもがいるのは当たり前。

誰でも、できるわけじゃない。

自分の子どもができないからといって、それは責めたって仕方がない。

だって、遺伝的に違うから。

なので、最近の私は娘に対して、かなりの諦めモードです。

だって、大人になっても汚い部屋に住んでいる人もいるのだから。

できないことを、いつまでも責めてしまうのは、逆にストレス。体にもお肌にも悪い。

娘に早く、一人部屋持たせたい。

そうしたら、散らかすのは自分の部屋になるのだから。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よかったら、ポチッとお願いします。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
にほんブログ村

タイトルとURLをコピーしました