私のソロ活、一人時間の大切さ。自己犠牲は美徳ではない。まずは自分を整える

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ソロ活なる言葉が、世間に浸透しつつある現代。

ソロ活自体は昔からあったと思う。そういうことを言い表す言葉がなかっただけ。

一人ごはん、ひとり映画、一人旅、一人カラオケ。当たり前。

誰も彼も、友だちがたくさんいるわけじゃないし。

 

常に誰かと一緒じゃなきゃいやっていう人もいるけど、私はソロ活好き。

小学生の頃からソロ活していた。

気を遣うくらいなら、一人の方が気楽なんて、かなりひねくれた子どもだった。

友だちが「一緒に帰ろ〜」と誘っても「今日は一人で帰りたい気分だから」と、断る。

空気を読んでも、空気を読まない。

今の私だったら、昔の私にこう言う。

小学生って、すぐに自分と違う人間をいじめの対象にするから、一応、空気読んだ行動しといたほうがいいぞ。たかだか20分くらい我慢しやがれ、と。笑

大人になれば大人になる程、人生経験も増え、多様性へ寛容になる。

ソロ活と言う言葉が流行ったおかげで、堂々とソロ活ができるようになった。

 

私のソロ活。

一人動物園からの一人ランチ。

子どもがいないから、「早く行こう」「疲れた」「おやつ食べたい」と邪魔されず、心ゆくまで動物を見て、写真を撮る。

ランチは自分が食べたい店で、激辛カレーを堪能。

食べ終わった後も、コーヒーを飲みならが読書。

ああ、なんて自由だんだ。

私には「お母さん」をお休みする時間が必要なのだ。

お母さんであることだけが、人生ではない。

もちろん、家族や娘は私の人生の一部でもある。

けれど、それが全てじゃない。

 

先日、同僚に

「あなたは、母親なのに、あまり子どもを構いすぎなくて、自分の時間を大事にしている。すごくめずらしい。それが、ちょっと羨ましい」

と言われた。

 

逆に、不思議に思う。

なんで他の母親は子どもばかり優先なんだろう。

自分は寝不足でへとへとなのに、早く起きて、キャラ弁作ったり。

たまの土日は休みたいのに、無理して子どもを激混み仮面ライダーのショーへ連れて行ったり。

 

まず、自分の体調とご機嫌を整えないと、子どもに家族に優しくできない。

自己犠牲は美徳ではない。

楽しくて自己犠牲してるなら、いいと思う。

キャラ弁を作るのが好き、自分も仮面ライダーショーが好き。

けれど、少しでも「せっかく、やってあげたのに」「やってあげたんだから、感謝されたい」と思ったら、やがてそれは苦しみになる。

世間の母親は父親は「これくらい」やってあげるのが、普通だから。

そうやって、勝手に基準を作ったら、後で苦しくなる。

自分はしんどいなら休む。やれる範囲でやる。世間とは比べない。

子どもって、結構、自分の持てるもので一人遊びしたりする。

転んで泣くのも、勉強。

危ないことして、失敗して、怪我するのも勉強。

って、私は思っている。

もう赤ちゃんじゃないから。

自分で学ぶ機会を奪わない。

「〜しなさい!」って言っても、子どもはたいてい反発するから。

 

まずは、休もうよ、お母さん!って人が、いっぱいいる。

まずは自分に優しく。

そうすれば周りに、優しくなれるようになるよ。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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